2008年05月26日

気だるい月曜日

新しい一週間の始まりだと言うのに
昨日は寝すぎて、夜中に「寝れない」状況になって

それなら音楽を聴きながら
と思ったら
駄目だ、歌詞が勝手に頭に浮かんでくる。
知らない曲を聴けばよかった。

考えてみれば、今週で五月も終わる
六月になると、いよいよ爺も50歳だ

なんだか最近になってやっと色々な事に気づける自分に慣れた気がする。
学生には「気づけよ」と言いながら、実は自分に言っていたんだと言うことにも。

「十戒」のように、目の前の海が割れて新たな道が広がるなんてことは人生でそう何度もあることではない。
振り返れば、過去に開いたように見えたのは、自分の思い込みだったのかもしれないとさえ思う。

誰かを踏みつけたり、切り捨てたりしていたのだろうな

今改めて「人」の中に生きて、人と人の関係の難しさを感じている。
30代の爺だったら、誰かを切り捨てても自分の道を進んだが
今は「その選択で本当にいいのか?」と問う自分もいる。

それは、失敗を恐れるとかではなく。
誰かの不利益になるか否かだ

一度世の中で傷を負った人が、「一緒にやろう」と声をかけてくる。
「お前はおれをどう見るんだ?」
爺は試されているのか?

不思議なことに、そう悩んでいると手を差し伸べてくれる人も
人は結局自分の事が精一杯になると、周りが見えなくなうろのだろうな。

今はオセロの角が取れる瞬間を息を殺して待っている気分だ
でも、取れなかったら負ける

勝負けを引き合いに出す自分のなんて小さいことか
そんなことどうでもいいことじゃないのかな?


昼休みヤフーのニュースで爺のお気に入りの「がっちりマンデー」に出ている川田亜子アナウンサーの訃報が目に入った。
自殺だったという。

何が見えなくなったのだろう?
好きで選んだ道で夢を叶えながら、それと引き換えに何を失ってしまったのだろう?

がっちりマンデーのホームページから不自然に川田亜子さんの紹介が切り取られていた。

「人が死んで最初にすることがそれか・・・・・」


あなたは「なかったことにする」ことが当たり前の世界を選んでしまったんだね。

チューリップ「青春の影」



爺も思わず泣いてしまった映像


仕事に殺されたのかな








ありがとうございました。
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2008年05月23日

5月23日はキスの日?

kisuuy.jpg

1946(昭和21)年、日本で初めてキスシーンが登場する映画となった、佐々木康監督の「はたちの青春」が封切られた日が今日5月23日らしいです。

それで今日は「キスの日」
誰とキスしてもいいらしいです。
嘘です。

当時、主演の大坂史朗と幾野道子がほんのわずかに唇を合わせるだけのものだったのですが、これが話題になり、映画館は連日満員だったとのことです。
なんといい時代だったのでしょう。

雑誌プレーボーイや平凡パンチを隠し持った時代が懐かしいです。


昔桜田淳子の「♪あなたとガラス越しに口づけしたい 私はまだ少女なのかな?」
なんてフレーズにドキドキしたころが懐かしい。


キスといえば浮かぶ曲を今日は並べてみました。

「やさしいキスをして 」DREAMS COME TRUE



「あなたのキスを数えましょう」小柳ゆき


でも爺はこれやね


どれが初めてのチュウーか考えると頭が混乱する
早熟だった爺だった。

posted by 竹爺 at 20:55| Comment(0) | TrackBack(1) | 心の扉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月18日

親父と息子の距離

母と娘が仲良くて一卵性親子と呼ばれることがある。
美空ひばり、夏目雅子・・・・・。
母親にとって娘はお腹を痛めた分身でもある。

でも、父親と息子の関係は母と娘とは全く違うのだろうな。

考えてみれば、爺は父のことだれだけ知っていたのだろう。
37歳までの親子の関係の中で殆ど何も知らなかったのかもしれない。

別に親子の会話がなかったわけではない。
二人でゴルフに出かけたり、飲みにいったことも何度もある。
病床にあったときは、親父に本音に触れた時もある。

でも、爺の中の親父は、大半が叔父から聞いたものだ。
親父の口から子供のころの話など聞いたことは一度もない。

実は爺はいつの頃からか親父との会話に敬語を使うようになっていた。
爺が距離を作ったのか、自然にそうなったのかは今となってはわからない。
ただ、今でも人生の目標に親父を置いて考えているのは、一人の男としてみていたのかも知れない。

本を出した時、大学の教員になった時、日経ビジネスに載った時
心の中で「親父を抜けたのかな?」と問うてみたが、
答えはまだ見つかっていない。
それは、多分「まだまだ」ということなのだろう。

親父の13回忌の今日
改めて自分の中に親父を探してみた。

そして、まだまだ遠いところにいることを改めて実感した。


息子にとって爺はどんな存在なんだろう?
それが気になる。



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2008年05月12日

待ちわびて

kyoko.jpg

今晩は大石吾朗です。
「コッキーポップ」って言ってわかる人は、間違いなく同世代です。
今日ネットで検索していたら、懐かしい曲にめぐりあいました。
第7回ポピュラーソングコンテスト(1974年5月5日) 入賞曲の
「待ちわびて」歌っているのは広島出身の中沢京子さん

爺はませた親父高校生だったので、当時何回かポップコンの中国本選会のアマチュア審査員をやらせてもらっていました。

一応オーディションのような試験のような選考があって
何曲か聞いて、感想をレポートにまとめるというものでした。

中沢京子さんは、既に地元では有名なセミプロみたいな存在だったので、中国本選会にあがってくるのは当然といえば当然の成り行きだったと思います。
声もかけられないような素敵なおねーさんでした。

この曲聞いてもらえばわかりますが、壺を押さえた
つまり彼女の持ち味を充分に活かした歌い方が売りで
見事と言えば見事な作品だったのですが、爺は審査表に
「アマチュアのレベルじゃないのに、同じ土俵で審査?」みたいなことを書いた記憶があります。

その通りだったのでしょう。中国大会をぶっちぎりで勝ち抜き、本選でも入賞したくらいですから。

今考えれば爺の「あこがれ」の存在だったのだと思います。
多分恋してました。

と書きながらも「待ちわびて」と「そんなあなたが」が少し頭の中で混在しいているかもしれません。

この一曲で、それ以降彼女がどうなったのか
どこでどんな人生を送っているのか知りません。

音楽の世界で名前を聞かないのは、他に違う人生の選択肢があったのでしょう。
今でも広島に住んでおられるのかな?
そうであれば、もういちど歌が聴きたいです。
「帰ってくるはずないのに・・・・・・待ちわびて」



今日仕事をしながら、同僚と話していて気がついたことがあります。
今楽しく仕事ができるのは何故か?と考えたら
結局「好きなこと」を自分の仕事に選ばなかったからだと思います。
選べなかったのかもしれませんが

出来ないこと
知らないことだらけの中で、生きるためにもがいたことが
自分の気がつかなかった自分を発見するきっかけになりました。

昔の同級生に言わせても「なんで大学の先生?」
「なんでコンサルタント?」

プラモデル屋さんや楽器店、コーヒーショップの親父も
似合っているとは思いますが、趣味で仕事するなかで
初めから自分にないかもしれないのに、才能の限界を感じたり
好きなことで金儲けする自分がいやになったり・・・・。


そうならなかったのは、「自分はできない」を認めること
自分が底辺だという気持ちから始めることができたからかな?

成長する自分を楽しんで生きてこられたことに感謝
まだ、頂点じゃないから頑張れるわけですよ。


内定がまだ出ないと悩む前に
なんで働くの?の自分なりの答えを考えてみてください。

「内定ありがとうございます」って心から言えるような活動してない自分に気がついてね。





名曲をもう一曲

これも


うわー


全部歌える自分が怖い
posted by 竹爺 at 21:48| Comment(5) | TrackBack(0) | 心の扉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月05日

衣の日

nishino.jpg

変換ミスで「子供の日」が「衣の日」となったので
「衣」について調べてみたが、さほど「ネタ」になるものはなかったのでタイトルと内容は別物とうことで。

連休前に突然携帯にメールが届いた。
「先生 お元気ですか?・・・・・大学を辞められたと聞いて・・・・」

三年前に卒業した教え子からのメールである。
教え子と言っても、他の学部の学生で爺たちが担当する「起業家精神養成講座」の受講をきっかけに知り合った学生だった。
見事なプレゼンでグランプリを勝ち取り、翌年はコンテストの司会も担当してくれて、講座を盛り上げてくれた。

「アナウンサーになりたい」と在学中からスクールに通うほどの努力家だった彼女は、無事「テレビせとうち」(岡山)に入社することができた。

でも、いきなりアナウンサーになれるのではなく、この二年間は営業職の勤務だったと聞く。

そして、この四月に念願のレギュラー番組を持つアナウンサーになれたわけだ。


彼女の担当する「せとうちLife&Biz」は、NHKの経済羅針盤の岡山版といった興味深い経済情報番組だ。

ホームページに写る彼女の顔は学生の頃とは違う
輝きを放っている

「良かったね、頑張ったかいがあったね」
彼女に送った爺のメール

「やっとやりたいことができるようになって、充実した毎日です」と彼女。

「わーい女子アナの知り合いができた(本音)」

爺は「キャリア研修」の場面で必ず受講者に伝えることがあります。
それは
「人は早い遅いの差はあっても、結局自分で思い描いた人生しか歩まない」と
「今の自分は過去自分で描いた結果」なのだと

「あの学校(会社)でもいい」と
「あの学校(会社)でなければならない」という選択は
後で必ず違う結果をもたらすとも

それならば、大きく描いた方がいいのに決まっている。

「無理だ、できない」と言ったり決めつけているのは自分ではないですか?

「だって先生が、親が無理だって言った・・・・・・」

でも、その言葉を受け入れたのはあなたです。

「こんなもんだよ俺の人生」って思うのは
死ぬ寸前でいいと思うのですが?



posted by 竹爺 at 10:49| Comment(6) | TrackBack(0) | 心の扉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月03日

元気をだして



「幸せ」になりたい気持ちがあるなら
明日を見つけることはとても簡単


心、つまり気持ちの持ち方ひとつなんだなと思う。
結局「こうしたい」と思う気持ちがあるか、ないかが
気づけるか気づけないかの違いなんだと思う。

人様のブログを見てると、そこに様々な人間模様が見えてくる。
文章の書き方講座や論文審査
今までに多くの文章に触れてきたから、そこからその人の想いが見えてくる。

時節柄就職活動での心の葛藤
恋の悩み、家族との関係とか・・・

ブログのいいとこであり、悪いところは
「俺悩んでいるんだ」と発信すると、とりあえず「がんばれ」の声が帰ってくること。
「お前は正しい!自分の信じた道を生きろ!」
とか
「自分らしく生きればいいさ!」

それに勇気づけられたりするのかもしれないが、
ある意味無責任にも思えてくる。
気休めでしかないんじゃないの?

悩みや意見の多くが、「結局自分は正しい」ということしか言っていないようにも聞こえるからだ。

「頑張れ」「お前らしくでいいんだよ」で立ち直れる程度なら
実は悩んでいないのかも?

たとえば就職活動というのは、始めて世の中の基準という物差しで測られる場面であり、選ぶのは企業の側の価値観でしかないわけだ。
入試のように何点とればいいというものではない。
企業にとって必要か不必要かだけだ。

「私頑張ったのに」とか「俺の良さがわかってもらえない」なんていうことは、勘違いも甚だしい。

仕事を始めたら、常に人の評価に晒されることになる。
「僕頑張ったのに」なんて通用しないことに気づくだろう。

若いうちは、人の評価に合わせることを「ずるい」ことだと思いがちだが、仕事をしているうちに「結局人に認められない仕事は自己満足でしかない」という現実に直面することになる。
それは、避けて通れない現実なんだ。

難しいことではない。
常に相手が何を望んでいるのかを考えること
そのことに気づくだけのことなんだと爺は思う。

「俺こんなに頑張っているのに」と自分で言わずに
人に「頑張っているね」と言わせることなんだ。

昔爺は泣きながら「僕のどこが間違っているのですか?」と上司に食いついたこともある。
15年たった今でも継続しているプロジェクトを決めたのに、評価されなかったからだ。

上司は「君が頑張ったかどうかは君が決める問題ではない。」
「頑張ったのにという言葉は君の価値を下げるよ」とも。

今、その言葉に感謝している
今の生きる力は、人に「すごい」と言われること
言わせること
それが出来るまで頑張り続けることが働く意欲となっている。

自分で自分をほめるのは
人に評価されたからだ

「つまらん仕事」と言われたら
反省し改善することができることが爺の50年生きてきた証だ

俺の良さをわからん会社にはいかんとか言うな!

それは嫌いなものは食べないという子供とおんなじだぞ!

「これでいい」と思った時、人の成長は止まるのだと思う
だから「負けるな働け!」


人生はあなたが 思うほど悪くない

早く元気出して あの笑顔を見せて
posted by 竹爺 at 14:54| Comment(4) | TrackBack(0) | 心の扉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月24日

Best That You Can Do

zabie.jpg




Dear Associate Professor Mr.K
The best that you can do is fall in love
君が出来るベストは恋に落ちることさ

Once in your life you find her
人生に一度だけ、理想の彼女に出会う
Someone that turns your heart around
君の心をときめかせる誰かに
And next thing you know you're closing down the town
そして君は何もできなくなってしまう
Wake up and it's still with you
目覚めてもまだその状態が続いている
Even though you left her way across town
彼女を町外れに置き去りにしたとしても
Wondering to yourself, "Hey, what've I found?"
一体僕は何を見つけちゃったのかと自分に問いかける
The best that you can do is fall in love
君が出来るベストは恋に落ちることさ


まだ落ちてないよ

「やさしい人」のままでいいの?

「やさしさ」なんて何もできないことへの言い訳なんだから。




And The best that I can do is ・・・・・・・・

今は仕事かな

明日は広島だ
一週間が早いぞ


追加
今日の気になったニュースから


紀伊国屋書店や三省堂書店、有隣堂など大手書店14社の万引きによる年間被害額が 約40億円と試算されることが、出版社や書店などでつくる日本出版インフラセンター(東京・ 新宿区)の調べで分かった。

同センターの調査は、今年1月から2月にかけて、大手書店14社計1161店舗を対象に行われ、 14社643店舗から回答があった。本の販売に伴って発生した店側の損失額は計約55億円で、 このうち、伝票の打ち間違いなど店側のミスや売れ残った本の処分による損失は約15億円。
同センターは損失額の合計からミスなどによる損失を除いた約40億円が万引きによる被害と 推計している。

ちなみに、この額は年間総売り上げ2909億円の1・4%にあたる。

また、全国の書店約1万5000店舗で、同じ割合で万引きがあったと仮定すると、被害額は 約190億円に上ると推計されるらしい。

いったいどれだけのロスが発生しているのだろう。

書店側が取り押さえた万引き犯が盗もうとした本を金額ベース別でみると、コミック本が4割と 最も多く、写真集は3割、単行本は1割だった。

なんか異常な数値に驚く爺であった。





posted by 竹爺 at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 心の扉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

今だから人生を語る



今朝の中国新聞の記事に目がとまった。
「母校修道大に拓郎さんの歌碑」

吉田拓郎先輩の歌碑が今夏、母校の広島修道大に建つことになった。
母校といっても正確には、修道大の前身である広島商大を1971年に卒業したわけだが、まー同じでしょう。

歌碑に刻まれるのは「今日までそして明日から」。

わたしは今日まで生きてみました
そして今 わたしは思っています
明日からもこうして生きて行くだろうと


爺なら迷わず「今はまだ人生を語らず」にするな。



人生の、生きるための手段としての大学は
まだ人生の結果ではなく、プロセスにすぎないわけだから

今まで生きてきた延長で、なんとなく四年を過ごすのはもったいない


今日の今期最初の講義も、爺のマイワールド炸裂だ
2コマ連続で「気づけ」「気づける人」になれと

毎年の基本に立ち返った話をすると、学生の中に必ず
「先生は学生のことを馬鹿にしている」というコメントが返ってくる。

うちの息子に「たまには勉強したら?」というと
「わかってるよ」という返事が返ってくる
でも彼が机に向かう気配はない。

言うなれば、「わかっていることと出来ることは違う」ということだ。

「先生は馬鹿にしている」という学生は
自分の痛いところを突かれたことで反発するだけで
過去そんな学生が学期末にいい結果を出したためしがない。

「言うならやれよ」

これから半期講義に一度も遅れず出席して、爺の期待通りのレポートを書けたら爺は素直「ごめんなさい」と謝るつもりだ。

わかりきっていることを皆が当たり前にできていたら
爺の商売はあがったりだ
わかっているけど出来ないからコンサルタントの存在価値があるんだ

見えないことを見えるようにするだけで、何も特別な技術を要しているわけでも何でもない。
教える側と教わる側の決定的な違いは
判断の物差しが自分中にあるかないかだけの差かもしれない。

新入社員研修でも管理者研修でも爺の言うことは同じだ
学生だから「できてないだろう」と上から視線で言っているのではない。

自分が正しいとか相手が正しいとかでしか判断できないところに自己の成長はない。
相手が何を言おうとしているのかをか考えて今日の講義を聞いたなら、きっとこんなコメントは出てはこないはずだ。

既に自分の価値観が耳と思考にフィルターを作っていることに早く気づいてほしいものだ。

爺が人生を語るのは、「気づいてほしい」それだけが目的なんだから。




posted by 竹爺 at 15:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 心の扉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月27日

魚樽にて魚三昧

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昨夜は大漁酒場 魚樽袋町支店にて大学院の同期メンバーに送別会をしていただきました。

大学院を卒業したのが2001年、1999年40歳を期に入学してから早10年が過ぎようとしています。

同期の大半は歳の半分の現役組、そんな彼・彼女たちも30歳です。


なんで大学院行ったのだろう?
今考えてみると目まぐるしい10年を駆け抜けてきた感があります。

正直言えば、当時コンサルティングで関わっていた「世界一を目指すカジュアル企業」の経営幹部に入れてもらうために学歴が必要と思ったことがきっかけだったと思います。実に単純でした。

世間には「自分自身のリストラのため」と言ってきましたが。

大学院在学中から非常勤講師になり、教壇に立つ快感を覚えて、そして「大学の教員になりたい」と思ってから著書「時間のマーケティング」を書き上げ実際教員になるまで3年、そしてこの4年間はまさにその夢の実現の日々でした。

爺はいつも講義で学生に「ひとは結局自分の描いたシナリオ通りの人生を生きる」というのも自分の経験から生まれた言葉なんです。

「これでいい」と思ったら終わりということも。

今ここでこうしている事を決めたのは自分なのですから。

50歳を目前に人生3度目の転職
未だに父親の職業がなんだか理解していない家族を尻目に
「まだ落ち着くわけにはいかんのよ」も本音なんです。

明日会う高校時代の友人は
「落ち着こうなんて思わんのか?」と半分あきれています。
友人たちは安定志向のものですから、爺は異端児扱いです。

まー家族に相談なしに大学の教員になって
このたびの山口行きも決まってから家族に報告したわけですから
こんな勝手にいきることは普通許されていないでしょうから
「安定志向」と決めつけるのもどうかと・・・・・・。

でも、普通の生き方が「あと会社人生10年」と思いながら、無事退職金をもらうために「安定」をもとめる生き方なら、そんな生き方はできません。

といっても1度退職金をもらって、この4年で使い切ってしまいましたから爺なりに働く理由もあるわけです。

今とってもわくわくしている爺がここにいます。
きっと就職活動に走り回っている学生以上にこれからの未来を思い描いています。

ただ1点就活と違うところがあるとしたら、誰かにどうにかしてもらいたいと思っていないことでしょうね。


それが50年近く生きてきたプライドですから。

posted by 竹爺 at 09:52| Comment(3) | TrackBack(0) | 心の扉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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